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高知地方裁判所 昭和54年(行ウ)2号 判決

原告

上野忠邦

同右

椎葉敏博

同右

曽我毅

右三名訴訟代理人

氏原瑞穂

右訴訟復代理人

南正

被告

高知市教育委員会

右代表者委員会

山本準一

右訴訟代理人

浜田耕一

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告らに対し昭和五四年一月一五日付でした別紙通学児童目録記載の学齢児童ら(以下「本件児童ら」という。)を同年四月一日に高知市立長浜小学校に通学させるべき旨の各通学校指定処分(以下「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者の地位)及び2(本件各処分に至る経緯)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いがない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和一七年に高知市に合併された旧吾川郡長浜町の区域は、従来より長浜、原、瀬戸、横浜の四地区に分かれ、長浜地区に長浜小学校、横浜地区に横浜小学校が各設置されていた(横浜小学校は昭和四八年一月に瀬戸地区に移転)。当初の両校の通学区分は必ずしも判然としないが、近年に至つては、別紙図面表示の赤色線のとおり区分され、原則として行政区画としての町又は字を基準に、長浜地番は長浜小学校区に、また横浜地番及び瀬戸地番は横浜小学校区に属していた。そして、最近、主として瀬戸地番内に形成され、行政区画上も瀬戸西町一ないし三丁目、瀬戸東町一ないし三丁目として独立した通称瀬戸団地(西・東)も、当然のこととして横浜小学校区とされた(但し、瀬戸東町三丁目の南西部を除く。)。

ところで、長浜小学校区内においても、右瀬戸団地の発展に伴つて続々と新興住宅地が形成された。これが、瀬戸東町三丁目南西部の住宅地であり、瀬戸西団地の南側に隣接する通称鳶ケ瀬山団地であり、また本件の杉の子団地であつた。これらの新興住宅地は、いずれも多かれ少なかれ瀬戸団地と交渉をもつようになつたこと等のため、その住民らから、通学校を横浜小学校に変更することの強い要望が出され、加えて通学距離の不均衡も生じていたので、被告は、これら新興住宅地の児童らにつき、特例的に、学校教育法施行令八条を適用して、昭和五二年四月以降の通学校を横浜小学校に変更したが、通学区域自体は、なお従前の区分線が維持されていた。

ところが、長浜小学校区には同和地区が含まれていたため、昭和五三年三月、長浜小学校のPTA総会において、被告の右変更措置に対し、公的機関が部落差別を容認するものである旨の抗議がなされたことから、被告は、前記三地区内の昭和五三年度就学予定の児童(なお、杉の子団地内には該当者がなかつた。)につき、すでに指定していた横浜小学校を急きよ長浜小学校に変更し、両校の通学区域を再検討することとした。

そこで、被告は、昭和五三年四月一九日、内部組織として校区検討委員会を設置したうえ、以後約六ケ月間にわたり、現地調査及び両校のPTA役員、校長その他の関係者からの意見聴取等を行い、更に右住民からの陳情を斟酌して、昭和五三年一〇月一八日、新たな通学区域を設定した。これによつて、両校の通学区分線は別紙図面表示の茶色線のとおりとなり、前記瀬戸東町三丁目南西部の住宅地と鳶ケ瀬山団地の二地区が横浜小学校区に組み入れられることとなつたが、杉の子団地を含む宇賀地区は従前どおり長浜小学校区とされた。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三ところで、各市町村の教育委員会が学校教育法施行令五条二項に基づき通学校としていずれかの小学校を指定しなければならない場合に、いずれの小学校を指定すべきかに関しては、法令上特に定めはなく、教育委員会が教育行政上の見地から、裁量によつてこれを決すべきものであるが、一般に、教育委員会においては、通学校を指定するについての運用基準として、通学区域を設定し、特段の事情のない限り、右通学区域に従つて通学校を指定しており、本件各処分も昭和五三年一〇月一八日に設定された通学区域に従つてなされたことは前示のとおりである。

右のような通学指定の運用基準となる通学区域は、過大学級を防止して教育の機会均等をはかるとともに、居住地域での学校生活による児童の人間的成長を期する趣旨から、学校の規模、周辺の学童人口、行政区画、地勢、生活圏、通学距離、通学路の適性等の客観的諸事情を総合判断して合理的に定められるべきであり(具体的にどのように設定するかはもとより教育委員会の裁量に属するものである。)、通学区域が、ある地域の児童ら及び保護者らにとつて著しく過重な負担をもたらすときには、右通学区域は、同人らに関する限り、前記通学区域設定の趣旨に明らかに反したものとして著しく合理性を欠き、右通学区域に従つて同人らになされた通学校指定処分は、教育委員会の裁量の範囲を逸脱したものというべく、違法として取消しを免れないものである。

また、通学区域は、前示のように客観的諸事情を総合考慮して設定されるものであるから、設定された通学区域自体が合理性を欠くといえない場合にも、指定処分の対象となる児童及び保護者の主観的事情(例えば、当該児童の身体的理由、家庭の特殊事情等)如何によつては、これを無視又は軽視し形式的に通学区域に従つて指定した処分が、当該児童及び保護者に著しく過重な負担をもたらすものとして違法となる場合もあるものと解すべきである(なお、学校教育法施行令八条参照)。

四そこで、まず本件通学区域の合理性について検討するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  杉の子団地の地勢

杉の子団地は、別紙図面表示のとおり、瀬戸西団地(瀬戸西町二丁目及び三丁目)の西側に横たわる山塊の西方に位置する宇賀地区内の一面に造成された新興住宅地であり、その南側を東西方向に走る道路によつて瀬戸西団地との往来が可能なものの、地形的には右山塊のために、横浜小学校区に編入された前示の二地区ほどには瀬戸西団地と接着していない反面、杉の子団地の西側を流れる幅員三メートル前後の宇賀川の西岸地域とは一体をなして宇賀地区を形成している。そして、近い将来、宇賀地区の北部に大規模な団地が造成される予定もあり、その完成時には、宇賀地区との地域的一体性が更に強まることが予想される。

2  生活圏

原告らを含む杉の子団地の住民らは、昭和四七年に入居以来一貫して、瀬戸西団地町内会による清掃、運動会その他の住民活動や同地区内の祭事等に参加し、日常の買物も瀬戸西団地を経由して別紙図面表示の交差点付近のショッピングセンターや店舗を利用するなど、瀬戸西団地と密接な関係を形成してきたのに対し、宇賀地区とはほとんど何らの交渉もなかつた。しかしながら、同地区内の杉の子団地近辺においては、最近に至つて、次第に宅地化が進み、ショッピングセンターや幼稚園も開設されるなど、同地域と杉の子団地との交流が生ずるような状況の変化がみられる。

3  通学距離

杉の子団地から横浜小学校への通学路は、別紙図面表示の緑色実線であつて、その距離は約1.15キロメートルであるのに対し、杉の子団地から長浜小学校への通学路は、同図面表示の青色破線であつて、その距離は約1.8キロメートルで前者の約1.5倍となつている(以上の事実は当事者間に争いがない。)。したがつて、杉の子団地の児童にとつて、長浜小学校へ通学することが横浜小学校へ通学することに比べて負担となることは明らかであるけれども、昭和五二年の前記変更措置までは、杉の子団地の児童も右道程を通学していたものであり、また昭和五三年度に長浜小学校に入学した宇賀地区内の児童ら一一名は右と同程度もしくはそれ以上の距離を現に通学中であるが、日常の生活に何ら支障は生じていない。

ちなみに、長浜小学校には、二キロメートルを超える道程を通学している児童も多数おり、高知市内全域をみても、二キロメートル以上の通学圏を有する小学校が他に一五校もある。

4  通学路としての適性

横浜小学校の通学路は、杉の子団地から別紙図面表示の中央職業訓練所北側までの区間こそ、歩道がなく交通量も多いため若干の危険は避け難いものの、右地点から同図面表示のとおり県道交差点を経て横浜小学校に至る区間は、総じて道幅も広く、路側帯又は歩道が設置され、しかもその一部は車両の通行を全面的に禁止した通学専用道路となつているため、交通事故の危険性はないのみならず、右交差点以降の区間は瀬戸東団地内の住宅街に沿つているため、児童らの身近の保護にも心配のない状況となつている(以上の事実は、右訓練所北側までの区間が交通量の多いため若干の危険を避け難い点を除き、当事者間に争いがない。)。

これに対し、杉の子団地から長浜小学校への通学路は、ほとんどの区間歩車道の区別がなく、しかも別紙図面表示のモーテル付近までの区間は、旧農道であつて幅員も2.5ないし3メートルと狭く、車両の往来時には常にこれを避けて通行せねばならず、また沿道には民家も少なく、路肩には雑草が繁茂している。加えて、雨期には、宇賀川の増水によりモーテル付近が冠水して通行不能となることがあり、また冠水に至らない場合にもぬかるむことがあるため、通学児童らは、右通学路を避けてモーテルの中庭を通り抜けることもある(以上の事実のうち、右モーテル付近までの道幅が狭いこと、その一部の路肩には雑草が繁茂していること及び右のとおりモーテル付近が冠水することのあることは、当事者間に争いがない。)。

しかしながら、杉の子団地からモーテル付近までの区間の交通量は比較的少なく(昭和五三年一二月五日午前七時四〇分から午前八時三〇分までの間における車両の交通量の調査結果によれば、杉の子団地から横浜小学校に向う同団地南側の東西方向に走る道路(但し、調査地点は同団地よりやや西方である。)が合計一三七台であるに対し、本件通学路のうち別紙図面表示の杉の子幼稚園前付近が合計二七台と約五分の一の交通量にとどまつていた。)、右通学路を利用する宇賀地区の児童につき、昭和五四年度以降今日まで、交通事故は皆無であり、その他の変事も全く起こつていない。

また、通学路の冠水も、多くて年間五ないし七回程度であり、その際には、保護者が自動車で児童を送り迎えすることもあるものの、一応、別紙図面に青色実線で表示された道路を迂回して通学することも可能であり、これについてはバス通学も許されている。そして、学校側の指導により、右迂回路による集団下校が実施されたこともあり、結局、冠水のために児童らが欠席したことは全くない。

5  交友関係の形成

杉の子団地においては、昭和五二年度の変更措置によりすべての児童が横浜小学校に通学しており、右児童らは瀬戸西団地の児童らとの交友もあるのに対し、長浜小学校へ通学するのは、本件児童ら三名のみであつて、本件児童らと瀬戸西団地の児童らとの交流は容易に期待できない可能性もあるけれども、他方、宇賀地区内においては、昭和五四年度に長浜小学校に入学する児童は本件児童らの他に七名おり、また今後一、二年内に就学する児童も杉の子団地の四名を含めて一八名が予定され、更に昭和五三年度に入学した前記一一名をこれに加えれば、本件児童らが学校外において交友関係を形成しうる同世代の児童数は、相当数に達する。

五以上認定の諸事実を前提に、本件通学区域の設定の仕方が本件児童ら及び原告らに過重な負担を強いるものというべきか否かについて検討する。

まず、前認定の諸事情のうち、児童の通学に直接かつ明瞭に影響を与えるファクターである通学距離及び通学路としての適性から検討してみるに、本件において、両校への通学距離を単純に比較するならば、横浜小学校へ通学する方が長浜小学校へ通学するよりも約0.65キロメートル近く、その方が杉の子団地の児童にとつて便宜であることは否めないけれども、本件のような通学距離の相対的不均衡は、通学区域の設定上にある程度避け難いものであるし、また、約1.8キロメートルという通学距離数も、長浜小学校には二キロメートルを超える道程を通学している児童が多数おり、高知市内全域をみても、二キロメートル以上の通学圏を有する小学校が他に一五校もあることを考えると、必ずしも過大なものとはいえない。また、通学路の適性についても、両校へのそれを比較する限りにおいては横浜小学校への通学路の方が優れているといえるが、長浜小学校への通学路が通学路としての適性を有しないかといえばそうとはいえない。なるほど、長浜小学校への通学路は、その性状において若干劣悪であるため、特に冠水時に児童及び保護者に幾らかの負担を強いることも予想されるが、冠水の頻度は多くて年に五ないし七回であり、また冠水の場合の代替手段も存在すること等からして、右の負担も、教育の機会均等の原則に反するものとまではいえない。もつとも、右通学路を利用する児童らが前記モーテルの中庭を通り抜けることは、教育上憂慮される事態ではあるが、これは、本来学校及び家庭の教育・指導によつて対処さるべき事柄であり、通学区域自体を変更しなければならない要素とはいい難い。

進んで、その他の諸事情について検討してみるに、杉の子団地は、地勢的には宇賀地区に属し、従前から長浜小学校区とされてきたのは極めて自然であるといえる。なるほど生活圏においては、現在のところ、瀬戸西団地とのつながりが密接であり、宇賀地区とは希薄な関係にあるものといわざるを得ないが、しかし、前認定のような住民活動への参加というような事情は、保護者らの自主的活動によつて左右され、本件においても、瀬戸西団地町内会と共通にしなければならない必然性は乏しく、また日常の買物等を介した生活圏なるものは、主に保護者を基準にした要素であつて、児童らに直接かかわるものではない。そして、居住地域での学校生活を通じて人間的成長を促すという通学区域設定の一つの目的からすれば、生活圏を共通にすること自体よりも、学校外における交友関係の形成が期待できるか否かが重視されなければならないところ、本件においては、同じ行政区画に属し、地形的にも近接した宇賀地区内に、本件児童らと同世代の児童が相当数おり、右児童らと本件児童らとの間には、日常の通学や学校生活を介して、おのずと交友関係が形成されるものと期待される。

以上検討したところを総合すれば、本件通学区域に従つて長浜小学校へ通学することが、杉の子団地の児童ら及び保護者らに対し著しく過重な負担をもたらすものとはいえず、したがつて、本件通学区域の設定について、被告がその裁量権を逸脱又は濫用したものとは認められない。

なお、原告らは、本件通学区域は、被告が、前示の変更措置に対する抗議を回避するために設定したもので、明らかに他事考慮によるものであると主張するけれども、これを認めるに足りる確証がないばかりでなく、右判示のとおり、通学区域の設定にあたり考慮されるべき重要なファクターである種々の客観的諸事情を総合勘案しても、本件通学区域が著しく合理性を欠いたものとはいい難いから、原告らの右主張は採用できない。

六次に本件各処分の適否について影響を及ぼす主観的事情が本件児童ら及び原告らに存するか否かについて判断する。

〈証拠〉によれば、原告上野忠邦及び同椎葉敏博に関しては、本件各処分により、本件児童らが、いずれも横浜小学校に通学している姉と異なる学校に通学しなければならなくなるため、両校において、運動会、父兄参観日その他の学校行事が重複するときには、保護者としてあるべき対応が充分になし難い場合がないともいえないことが認められる。しかしながら、本件児童らの姉達が横浜小学校へ通学しているのは、被告の措置によるものとはいえ、右原告らが自ら希望したことの結果に他ならないから、右原告らにおいても若干の負担は甘受すべきであり、右認定の程度では、その受忍限度を超えたものとはいえず、本件各処分が右原告らに著しく過重な負担をもたらすものとは認められない。

そして、原告曽我毅に関しては、本件全証拠によつても特段問題とすべき主観的事情は認められない。

七以上によれば、本件各処分は、本件児童ら及び原告らに対し著しく過重な負担をもたらすものとはいえず、いずれも被告の裁量権の範囲内で適法になされたものというべく、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(山口茂一 増山宏 坂井満)

別紙 通学児童目録

一 上野浩 昭和四七年七月二二日生

保護者 原告 上野忠邦

一 椎葉亮 昭和四七年一〇月一〇日生

保護者 原告 椎葉敏博

一 曽我政史 昭和四七年七月二日生

保護者 原告 曽我毅

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